2009年10月17日土曜日

苔(コケ)のこと

“苔(コケ)”のこと

最近、苔玉や苔盆栽ってのが流行っているらしいね。

今、小さなもみじを育てていて、いずれ、盆栽鉢に苔や石を一緒に植えたいな~なんて密かに思い描いていて、“苔”がとても気になっているのです。

盆栽といえば、昔、おじいさんが庭でたくさんの盆栽を育てていたけど、その頃は、私もまだ子供だったしそんなに興味もなくて。
水遣りを手伝うくらいでね。

思い出せば、岩に根を這わせたり、枝を針金をかけたり、結構本格的にやっていたんだな、うちのおじいさん。
今となれば、育て方など色々教わっておけばよかったな~と。

庭には、何十という盆栽の鉢のほか、梅の木、小菊、青紫蘇や、ハッカ(ミント)、手作りの温室にはアロエなどが植えられていてね。
年寄りの庭だから、華やかさはないけれど、役に立つ植物がいっぱいだった。

蚊にさされればハッカの葉をよくもんで擦り込んだり、夏は冷麦やそうめんの薬味に青紫蘇の葉や実をとったり、山椒の葉は手のひらでパンパンと叩いてから使うと香りがよくなる、とか、ヤケドにはアロエ etc....

学校で教わったことなんて、ほとんど忘れてしまったというのに、こういうことは今でも憶えているから不思議。

雨どいから雨水を貯めておく水槽には金魚が泳いでいて、その水槽のお水で植木の水遣りをしたり。
水槽に水を貯めておくと、ボウフラが湧いて蚊が発生してしまうので、金魚を入れてたんだね、きっと。
雨水を再利用、今風に言えば“エコ”。
何でも“もったいない”という精神が身について、モノを大事にしてた昔の人の知恵だね~


そうそう、気になりだしたら止まらない“苔”のこと。

京都の有名な“苔寺”とか“苔庭”など、“苔を愛でて鑑賞する”ってのは、日本独特だよね。
国歌にも“苔のむ~す~ま~で~”ってあるもんね。

私も、樹や石に苔が生えてるのを見ると、なぜか“ああ、いいねえ~”と思っちゃうもんね。

青々した緑を見て癒されるのはもちろん、雨の日も、風の日も、そこに何十年、何百年、じっと動かず、そこにずっといたんだな(あったんだな)、と思えるのがいいのかな。

今、日本では、この苔が、ビルの屋上の緑化に、そして、地球温暖化防止・ヒートアイランド現象に効果的と注目を浴びているのだとか。

苔は、自分の重さの20倍もの水分を保つことができるんだって。

苔が持つ根のようなものは、“仮根”と呼ばれ、土、岩などに体を固定させるためのもので、必要な水分は空気中から体全体で吸収して、体内の葉緑体で光合成をおこない養分を補っているのだそう。

土は不要で砂、石、ガラス、コンクリートといった無機質の基板でも育つため、土も手入れも水やりも不要、手軽で簡単、ローメンテナンス。

乾燥に強く、枯死しているように見えても、水分を補給すればたちどころに甦るというのも、日本の気候に合ってるんだろうね。

いくら乾燥に強いといっても、半年以上雨が降らないカリフォルニアでは無理だろうな~、と思ってたら、道端にひっそり生息する苔を発見!

よく注意してみると雑木林の木の枝などにも生えていた。
今まで気にしたことがなかっただけで、苔はずっとそこでひっそりと生えていたんだね。


さっそく、家に持ち帰り、ひっくり返したガラス瓶の中で育ててみることに。

手前のオレンジの実がついた植物は、"Pincushion"という、まさに名前そのまま針山のようなかわいい植物で、鉢から少しばかり分けて、苔と一緒にしてみました。

日本では、“コケサンゴ”と呼ばれているらしいけど、コケの種類ではないんだって。

ガラスの空き瓶と苔、苔と相性のよさそうな草花だけでできあがり。
かわいいでしょ?
これが"Pincushion"

カブ

カブの葉

しばらく前の週末、散歩がてらファーマーズマーケットにいったら、葉がたっぷりついたカブが売られていました。カブは英語で そのまま kabu とか Japanese turnip と呼ばれているらしい。


白い部分はぬか漬けに。

葉の部分は、細かくきざんでごま油、白ゴマ、しょうゆ、みりんで汁気がなくなるまでパラパラに炒めて、最後は鰹節と混ぜてふりかけ風に。

他のレシピをみたら、油揚げを細かく刻んで一緒に炒めても美味しいんだって。

葉から実まで丸ごとムダなく使えるんだよね。
ご飯のおともに。ウマ~い、ご飯が止まらない~

これでチャーハンも作ったら、あっという間になくなってしまいました。

2009年10月2日金曜日

久々にバーベキュー

先週の日曜日、サンフランシスコ市内に住んでいるSさんファミリーが遊びにきてくれる、とのことだったで、急遽スーパー主婦YASUKOさんファミリー、ゆうこりんにも声をかけ、久しぶりにバーベキューをしました。
Sさんファミリーの娘さんブリジッド(5歳)と4ヶ月のベビー、スーパー主婦YASUKOさんの第一王子(3歳)と6ヶ月の第二王子、大人が7人、狭いアパートなので、皆さんには非常に窮屈な思いをさせてしまいましたが、食べて飲んでおしゃべりして、子供達が笑わせてくれて、にぎやかで楽しい日曜日の午後となりました。 Sさんの息子さんは4ヶ月(もうすぐ5ヶ月)で23パウンド(約10キロ)のスーパージャンボな赤ちゃん。
中身がぎっしり詰まったような、ズシリと鉛のように重たい赤ちゃん。
英語では dense とかsolid と表現するらしい。

スーパー主婦YASUKOさんの第一王子(3歳)とSさんの娘さんブリジッド(5歳)は、すぐに仲良くなって、元気よくプールで遊びます。
ブリジッドは、王子に“私の後についてきて!”って命令してたけど、この気性、誰に似たのかな? お父さん方、お疲れ様です。
ゆうこりんに、缶入りの生クリームを直に口にシュワーってやってもらうがお気に入り~
(お行儀悪いけど、私も大好き!)
“次、ワタシにもやって~”

2009年9月18日金曜日

エジプトのこと『ツタンカーメンと古代エジプト王の黄金時代展』

今、サンフランシスコのゴールデンゲートパーク内にある
De Young Museum (デヤング美術館)
『ツタンカーメンと古代エジプト王の黄金時代展』が開催されているらしい。
いって見たいな~と思いつつ、週末はなかなかサンフランシスコまで足を延ばすのが億劫で。


『ツタンカーメンと古代エジプト王の黄金時代展』
開催期間: 2009年6月27日~2010年3月28日 まで

De Young Museum
50 Hagiwara Tea Garden Dr
Tutankhamun and the Golden Age of the Pharaohs


私が生まれて初めて訪れた異国の地がエジプトだったため、今でもエジプトに思い入れが強いんです。その初めての海外旅行は、高校からの親友のメグと。
たしか、20歳くらいのころだったかな?

ツタンカーメンは、3000年以上前の古代エジプト王朝のファラオ(王)。
ツタンカーメンといえば、この黄金のマスクが有名ですね。

1922年にイギリスの考古学者ハワード・カーター率いる調査隊によってツタンカーメン王の墓が発見され、その中に横たわっていた黄金のマスクをした若きツタンカーメン王の姿がよく知られています。
しかし、エジプト政府は1980年代に“ツタンカーメンの黄金のマスクは国宝のため今後一切、国外不出とする”とのお達しを出したため、残念ながら、エジプトのカイロ博物館以外ではこのツタンカーメンの黄金のマスクを見ることはできません。

3000年以上前に作られた王の大切な遺宝ですから、動かしたり温度・湿度の変化で損傷を受けては一大事ですから、仕方がないですよね。

ミイラの棺のしくみ

De Young Museum (デヤング美術館)では、ツタンカーメン王の黄金のマスクは見られませんが、Tjuya女王(ツタンカーメンの曾おばあさん)の黄金のマスクや、金箔の棺や、ツタンカーメン王の臓器が保管されていた棺など、王家の秘宝が130点ほど展示されております。

これが、Tjuya女王(ツタンカーメンの曾おばあさん)の黄金のマスク
ツタンカーメン王の黄金のマスクと比べると顔に丸みがあって女性らしいのがわかります。
これは見逃せません。

カイロから南670kmに位置するルクソール。
カイロにはいったけど、まだルクソールには行ったことがありません。
ルクソールには世界遺跡のほぼ3分の1が、また7000年に及ぶ古代エジプトの偉大なる業績の遺物や文明のほとんどがここにあるため、ルクソールは『世界最大の屋外博物館』とも呼ばれているそうです。
1922年、そのルクソールにある王家の谷で、イギリスの考古学者ハワード・カーター率いる調査隊によりツタンカーメン王の墓が発見されました。

ツタンカーメンのミイラは、今もなお同じ玄室(埋葬室)の石棺の中の金箔を貼った棺の中で永遠の眠りについている… はずだったのですが、数年前に、そのミイラが棺から取り出され展示用のアクリルガラスケースに移されたそうです。

それまで、ツタンカーメン王のミイラは石棺に入れられ、上の部分に透明なフタがのせられていて、観光客が見学できるようになっていたのですが、訪れる大勢の観光客が知らず知らずのうちに玄室の温度・湿度を上げており、さらに外からバクテリアなども持ち込まれるため、石棺に眠るのミイラの損傷が危ぶまれていたそうなのです。

そりゃあ、ツタンカーメン王のミイラを間近で見れば、興奮して湯気もたつし、熱気で墓室の温度が上がってしまうのも無理はありません。

と、いうことで、保全状況の改善のため、石棺から出され、温度と湿度が管理された透明なケース(プレクシグラスという軽く透明な合成樹脂製)に移さた、というわけです。

これで、一般観光客でもツタンカーメン王の素顔が拝めるようになりました。
現地の関係者によると、“彼は出っ歯気味で笑顔のすてきな美少年だ”とのことです。
どんな美少年かちょっと思い浮かびませんが、実物に会ってみたいですね~

アスワン・ハイ・ダム建設計画の際、ダムの水底に沈んでしまうかも!
という水没の危機に直面したアブシンベル神殿。遺跡そのままを60mほど上にスライドさせて移築されたんですよね。

生きてるうちにもう一度エジプトの土(砂?)を踏みたいわ~



2009年9月17日木曜日

秋田内陸縦貫鉄道

7月に秋田に旅行したとき、JR角館駅の隣に小さな“秋田内陸縦貫鉄道”の駅がありました。
1車両しかない電車が停車しててね。
ローカルの私鉄なんだろうな、1両だけなんて、利用客いるのかな、会社として成り立つのかな~?とか色々疑問だったのね。

で、インタ-ネットで調べてみました。

秋田内陸縦貫鉄道(内陸線)は、昭和初期に阿仁町の阿仁鉱山からの鉱石輸送を目的に計画されたのが始まり。
この阿仁鉱山は延慶2年(1,309年)阿仁金山として開発されて以来、次々と銅山が開発され享保元年(1,716年)佐竹藩の産銅は全国第一位を占め、阿仁銅山は藩内の主位で、日本三大銅山の一山として全国的に名が知られていた。
金、銅以外にも、銀・鉛・亜鉛などが産出された。

鉱山が最盛期の頃、満杯の乗客を乗せて、一日中北から南へ、南から北へ疾走していた。
人口の減少と車社会の到来で、乗客は減り続け、いまやその存続さえも危ぶまれる状態にまで経営が悪化。
しかし、地元の学校や老人などの移動には、依然として欠かせない交通手段であることにはかわりない。
この縦貫鉄道の車窓からの景色は、昔ながらの田園風景、一面のお花畑、透き通った渓流、春の新緑、秋の紅葉、ココロ癒される故郷の景色が楽しめる。』


たしかに景色がすばらしい。
こんな列車に乗ってのんびり旅したいな~


だね。乗車するのは二人、あとはみんな見送りかな。

夏。元気なひまわりと同じ色の列車。

少しずつ

紅葉のころ

雪化粧に覆われる山に赤い列車が映えるね~


ね?旅に出たくなるでしょ?

写真はこちら(↓)のウェブサイトから拝借しました。

秋田内陸縦貫鉄道
http://www.akita-nairiku.com/


これは、縦貫鉄道とは関係ないんだけど、秋田藩(または久保田藩)当主の佐竹のお殿様は、もともと常陸(今の茨城)にいたらしいけど、関が原の合戦で、西軍にも肩入れしていたところがあり、東軍の徳川勢に積極的にに味方しなかったため、処分として秋田に転封(てんぽう=国替、領地がえ)されたんだって。

名門上杉家が陸奥会津120万石から75パーセント減の出羽米沢30万石へ減転封されたように、佐竹家も転封だけでなく常陸一国56万石は没収され出羽久保田に20万石での減封。

転封の際、美人ばかりを茨城から秋田に連れていってしまったので、秋田は美人がそろい、茨城には美人でもない人が残った、といわれ
「秋田の美人、水戸の不美人」 なんて言われるらしい。
これ、茨城のひと怒るよね?!


2009年9月10日木曜日

茅乃舎(かやのや)だし

スーパー主婦YASUKOさんが、日本に里帰りしたときに、こんなステキなお土産を買ってきてくれました!
『茅乃舎(かやのや)だし』


福岡にあるお料理屋さん『茅乃舎(かやのや)』で生まれた「家庭用の本格だし」で、化学調味料、保存料など無添加。
便利なティーバッグに入っているので、お水に入れて、1-2分沸騰させるだけでだしがとれるの。

・北海道の真昆布
・熊本県産の海塩
・熊本・鹿児島のうるめいわし
・鹿児島県産のかつお節
・長崎県産の炭火焼きあご

などの原料が粉砕されているので、魚海産物の栄養分もそのまま摂れる、という“高級”なおだし。
でも、自宅ではこういうものをそろえて自分でだしを取るのって難しい、っていうよりほぼ無理!
だから、少々高くても、本格的に美味しいものを、というのであれば、お得なのかも。

これで、さっそく、うどん用の汁を作ってみたの。
塩少々、みりん、醤油で味を整えただけなのに、とっても柔らかみのある、うっすら甘い美味しい汁ができあがりました。
柔らかい味ってヘンかな?
でも、それが第一印象だったな~
一度この味を知ってしまうと、市販の顆粒の「だしの素」が、みやみに甘ったるく感じるかも。

このだしを使って、次は何をつくろうかな。
うどん、そば、味噌汁、煮物、鶏肉団子鍋、炊き込みご飯 etc...なんでも使えるからね。
久しぶりに鶏肉団子鍋もいいなあ。

YASUKOさん、前から美味しい美味しいってきいてたけど、これは本当に大ヒットです!
こんないいモノいただいてありがとうございました!

2009年9月4日金曜日

和菓子

先週サンフランシスコにオープンした、和菓子の『源 吉兆庵』。
日本では『源 吉兆庵』という名前も知らなかったんだけど、ニューヨークにお店があるらしく、アメリカに来てから頂き物で何度か食べたことがあって。

和菓子なんてなかなか口にする機会がないので、仕事帰り、同僚のSAYAKAちゃんとさっそくお店をのぞいてきました。

『源 吉兆庵』 
サンフランシスコ ユニオンスクエア店
660 Market Street, San Francisco, CA 94104
9:30~19:00 定休日なし
サンフランシスコ ユニオンスクエア店とはいうものの、ユニオンスクエアからは歩いて10分くらい、ちょっと遠いかな~
地元のひとには、MUNIやBARTのMontgomery(モンゴメリー)駅近く、といったほうがピンとくるかも。

思ったよりお客さんがいた。

十五夜、お月見、うさぎ饅頭
♪う~さぎ、うさぎ、何見て跳ねる、十五夜お月つきさ~ん、見ては~ね~る~♪
すべて、日本で製造されたものを空輸して持ってきてるみたいです。
ドラ焼き、豆大福など自宅用にバラで買いました。久しぶりにお抹茶などを点てて、お菓子と一緒に美味しくいただきました。
お茶といえば、日本で働いていた頃、会社の社長の鶴の一声で、女子社員向けにお茶のお稽古教室が開かれることに。
お稽古は、週1回だったのか、隔週だったのか、それとも月1回だったのか、ちょっとはっきり憶えてないんだけどね。
職場になぜか茶室があって、お茶の先生がお稽古をしに来てくれるのね。
社長の単なる趣味だったのか、それとも男勝りの女性社員達に、多少は女らしく礼儀作法でも身につけさせよう、という会社側の苦肉の策だったのかは謎だけど、そこで、初めて“お茶”というものに触れさせてもらいました。

細かい点前作法などは、すっかり忘れてしまったけれど、お稽古の中で、畳の歩き方、襖の開け閉めなどの所作も教わるのね。
お抹茶を相手に差し出すとき、クルクルお茶碗をまわして、相手に、柄や絵などがついている正面を向けるでしょ。あれは、相手(お客様)に対する敬意を表す、一つの心使いなのね。
お菓子をとる時も、次の方に対する心使いで「お先に」と声を掛けたり。
そういう些細な心遣いや作法が日常生活の振る舞いに自然に出てくれば、自分も周りも、皆が気持ちよく暮らせるのよね~
そんなことを考えながら、美味しいお抹茶とお菓子で、とっても贅沢な気分に浸ったひと時でした。